2025年12月30日火曜日

ニューヨークでの生活の始まり

ニューヨークの仮住まい(家が見つかるまで一ヶ月くらい住む)は、マンハッタン区のペンシルバニア駅の向かいです。部屋が見たいと友だちに希望されてたのでこんな感じ。60平米くらいあるのかな。18階です。

ガスオーブンついてるのうれしいけど、これを仮住まい中に使いこなすのは難しそう。米炊いて味噌汁くらいが精々な感じだ。今日はオムツ、米、ドライヤー、味噌など3人で買い出し。ターゲット(スーパー)に行きドライヤー探すも見つからず、メイヤー(百貨店)で売り場をくまなく探してドライヤーを買った。ドライヤーひとつ買うだけでめちゃ大変。見つかってホッとした。ホールフーズで米と味噌とか買った。味噌は赤いのがよかったけど、なんか白みそしかなかったわ。くたびれて慧一郎とはやおは寝ている。

窓から見える景色。









2025年12月27日土曜日

アメリカに荷物を送るのに失敗した。

12月26日、田端の家から荷物をまとめて出ることには成功した。アメリカに荷物を送ることには失敗した。

日本郵政のEMSで送ろうと思ったらスプーン◯本、服の材質・原産地、薬の成分まで伝票に書かないといけないらしく、はやおが血眼で何度も書き直し、結局挫折した。アメリカに送るのぜんぶで段ボール3箱あって、トランクルームへの荷物運び出し(東京に置いてく荷物もあり、ハローストレージ4畳で一ヶ月4万円)の最中も、せこせこパソコンで入力してて、やっと2箱目の伝票かけた!となったのに、保存する前にデータが飛んで心が折れた、らしい。

えっどうしよう。とりあえずマンションは鍵を不動産屋に返して出ないといけない。とりあえず荷物ははやおの兵庫の実家に送らせてもらった。全部とりあえずだ。そんではやおの実家から、ニューヨークに送ることになった。こんどは何か引っ越しサービス的なお任せパック的なのを使う予定だ。アメリカに荷物を送るのめちゃ大変だ。

この日、慧一郎は、近所のポレポレのよっしー&むっちーのご厚意で見ていてもらえて、ものすごくたすかった。ごはんも食べさせてもらった。トマトを口に入れて><の顔をしている図。

おにぎり!

2025年11月13日木曜日

おしゃべりするには時間が必要

うちに折りたたみ傘5本くらいある。全部はやおのやつ。気に入ってるのを私1本もらってニューヨークに持っていく。そんではやおも1本くらい持っていくのかと思ったら全部処分(寄付)するという。え、そうなんだ。

そんで、なんでなんだろう。なんで1本も残さないんだろうと、あとから思って、次の日聞いた。

お気に入りを1本買って持ってく、らしい。お気に入りがなくて、全部雨が降った時に買った間に合わせのものらしい。へー、そうだったのか。

その場ではなかなか言葉にならなくて、あとから形を成してくる言葉。友だちと会ってて別れた後に、それどういうこと?っていうことがたくさんある。もうちょっと聞いてみたかったな。でも文章で聞いたり、電話で話すほどじゃないんだよな。そういうことがいっぱいある。はやおとはひとつ屋根の下で暮らしているので、続きがすぐやれる、おしゃべりができるのうれしいなと思う。その人との時間を持つ、ということをなんとなく考えている。

2025年10月28日火曜日

アメリカ大使館にビザ面接に行った。

今日、慧一郎(2歳児男)とはやお(夫)と私の三人で赤坂に行った。ビザ面接を受けるためだ。トランプ大統領がきているとかで、いろんな種類のパトカーを見た。警察だか機動隊の人もたくさんいた。

アメリカ大使館には、大人各自、25センチ×25センチのバッグしか持ち込めないということで、はやおはわざわざ吉田かばんの高いサコッシュを昨日買ってきた。私は、はやおが数年前に買った無印の緑のサコッシュをつかうことにした。

ビザ面接は当日、詐欺防止費用で500ドル取られる(L-1ブランケットビザです)。そんで事前にも面接費用3人分で9万円払っている。つまりビザ面接のために15万くらいかかる。そんでパスポートを私10年用を新しくつくって、慧一郎も5年用のをつくって、はやおはまだ切れてないからつくらない。駐在って、はあえらいお金かかるなあ。私は一円も払っていないので、のんきに見ている。

ビザ面接の予約は12:45で、12:30から外の列に並び始めて指紋を取るだの面接だの、すべておわったのは13:45ころだった。慧一郎をあっち行っちゃいけない、こっち行っちゃいけないと押さえつけて、くたびれた。私の方にもなんか聞かれるかと思ってたけど、はやおしか面接はされなかった。よかったような、でも英語で話しかけられて返してみたかったなと、ちょっと残念な気持ち。

お昼は、好きなとこ選びなと言われたので、私はビザ面接よりランチどこで食べるかに集中した。なにを食べるか、慧一郎連れで、と条件満たすところを真剣に前夜選んだ。家族3人で外食をするのは、慧一郎が生まれてからこれで3回目。

赤坂ビズタワーに入っている、イタリアンにした。ピザをお店で食べるのって何年ぶりか。チーズはたくさん食べると腹こわすけど、好きなんだよね。

イルカルディナーレのさつまいもとゴルゴンゾーラのペンネ、めっちゃおいしかった。食への興味から、なるだけ家で食べないようなつくらないようなのを選びたくなるけど、大当たりだった。おいしいおいしい。ピザも食べた。11時に入って、慧一郎連れでもゆっくりできた。ビザ面接も通りそうで、すこしホッとした。NY興味なかったけど、ここまできたらやっぱり行きたい。

2025年10月3日金曜日

まるネコ堂芸術祭があるから、どうにかやれそう。

芸術祭の作品についてだ。ニューヨーク駐在には12月末ころから行くことになったので、それまでニューヨークのことは書けない。でも、フォーマットを決めておけば、すぐ制作に取りかかれるはずなので、日本にいるうちから、ああでもないこうでもないやってみたい。駐在準備のことだとか、田端での暮らしぶりのことなんか書いてみるか。

ちょっと前に、職場のある晴海トリトンのカフェで、昼休みに書いたものも載せてみよう。セガフレードはいいカフェだ。すきな感じの雑踏・空気の通り具合・イスの高さ・照明の色・カフェマキアートの味とお値段。ここで過ごす休み時間を大事にしたくて、せっかくだからと書いたのだ。

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最近よく思う。まるネコ堂芸術祭があると、安心してつくれるなと。今回で3回目の出展になるけど、1回目も2回目もつくってみたいものが明確にあって、でも尻込みしているという状態で出展を決めてきた。

1回目は職場空間への声かけ記録をエクセルでつくった。2回目は家で使うカーテンを縫った。どちらもいつかやってみたかったことで、でも一人ではなんとなくやらなかった気がすること。

3回目の今回は、大束さんに伝えたいニューヨークの生活誌をつくる。って、そうなの。めっちゃ明確につくりたいものはあるんです。でも一人じゃやらなそうなんです。

まるネコ堂芸術祭に出ると、やってみたい、が、やらなきゃに支えられてがんばれる感じだ。ニューヨークに行っても、まるネコ堂芸術祭があるからどうにかなるだろう、みたいな、日常全体を支えてもらっている気分すらある。

2025年9月13日土曜日

来年もまるネコ堂芸術祭に出る。

年末からニューヨークに行くことになりそう(※)だけど、来年もまるネコ堂芸術祭に出展することにした。 ※夫はやおが駐在することになり、それについていく。滞在は1年半くらいの予定。

ニューヨークから宇治までの交通費、大丈夫かなというところだ。飛行機に13時間とか乗るのも、あんまり気が進まない。設営も芸術祭当日も、搬出も行けるのか、行けないかもしれない。行くなら慧一郎(2歳)も連れていきたい。できれば行きたいけど、ちょっと今なんとも言えない。そんな状況で出展するか迷ったけど、とにかくやってみたいのは確かだから、応募することにした。

ちょっと別の話になるけど、今年の7月に喜多方に行ってきた。喜多方には2014年の冬から2016年の秋まで住んでいた。それで当時通っていたBAR CAVEの大束さんにも、9年ぶり会えた。その大束さんにニューヨーク行きのことを伝えたら、いいなあ、街を歩くだけで楽しいよ、楽しんできてねと。ニューヨークから帰ったらまた顔を出すことを約束した。

それで、大束さんと約束したから、変な言い方だが、私はニューヨークで楽しんでくることが仕事になった。そして楽しんできたことを、どうやって大束さんによく伝えたらいいだろうかなあと考えた。

自分が体験したことを、書いてみたらいいかなと思った。ブログじゃなくて、何か冊子か壁新聞か、あまり立派じゃなくていいから、手元で見られる物体。そういうわけで、大束さんに伝えるための通過点として、芸術祭にそういうのを出してみたい、です(弱気です)。でも芸術祭って圧があれば、何かしら抽出ができるんじゃないかと思っている。

2025年8月29日金曜日

週休4日というのはどんな気分か。

今日、金曜日会社を休んだ。

休んだというのは正確でないかもしれない。有休を取る旨は、事前に連絡していたから。そんで今週は火曜日も有休で休んだから、昨日家に帰ってから、やっぱり週に2日も有休取りすぎたかもしれん(会社の人にどう思われるだろうか)とか、やっぱり明日普通に会社行けばよかったかなとか、思いはしたものの・・・ 

今日、金曜日になって、やっぱり有休取ってよかったなと思っている。今朝、くたびれて朝寝坊して7時半に起きたので、その時点で思った。そんで、週休4日ってどんな気分か実験したかったから、それ叶ってうれしいなと思った。

週休4日、今の仕事内容(備品の管理)だとそれくらいがいいなと思う。そこは仕事内容にも寄る気がする。育休前は、校正の仕事をしててそれは毎日なんだかんだ楽しく、仕事を覚えたかったし、週5で会社に行くのは何も問題がなかった。思い出補正も多少ある気がするけど、そう思う。

育休復帰後は、空いているポジションがそれ(備品の管理)だったから、仕方ないと思いつつ、やっぱり気は乗らない。仕事という大義名分があるから、慧一郎を保育園に預けられて、仕事とはいえど一人の時間ができる!と5月の最初の頃こそ喜んだけど、続かなかった。

私は家で、仕事に行くことを「学校に行ってくる」と未だに言い間違えることがあるけど、学校つまらないんだと思う。今日は行かなくてよいということで、何かホッとしている。

2025年8月26日火曜日

私はお父さんのことが気になって仕方ない。お父さんも私のことが気になって仕方ない。

お盆にいわきの実家に帰った。

帰省予定の週に、どれだけ帰省が憂鬱かFBに書いたけど、帰ったらお父さんとお母さんがいて、なんかうれしかった。お父さんとお母さんが元気で、顔を見られてうれしかった。そのことを書いておきたくて、ブログを書く。

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今回は、私と慧一郎の二人だけで帰省した。スーパーひたちがつく勿来駅にはエレベーターがない。慧一郎抱っこしてキャリーケース持って階段登るのこれ大変だと思ってたら、スーパーひたち降りたら、なんとホームにお父さんとお母さんがいた。ビックリして、とてもうれしかった。荷物も持ってもらえてありがたかった。

お父さん、私が帰ってくるからと、茨城のメヒコにピラフを買いに行ってくれていた。こういうのは、買いに行ってやったんだぞ、みたいにお父さんは言わなくて、お母さんが「あんた帰ってくるからって、(お父さんは)メヒコのピラフ買いに行ったのよ」みたいに教えてくれる。なんか、ええ~。うれしい。思い出したら、けっこう私が帰省したとき、お父さんピラフ買ってくれてた。メヒコのかにピラフって、鹿島街道の水族館メヒコで、小さいころ家族で食事した思い出の味。

みんながいるリビングの隣の部屋で、私は本を読んでいた。ドアをあけっぱなしにして。暗いから電気つけろとお父さんの声が飛んでくる。別に暗くないから、私は電気つけない。わざわざリビングからお父さんが来る。蛍光灯の電気をポチリと押して、いい加減にしろよと言って出ていく。電気いらんけど・・・私のこと気になるのは分かった。いらんけど・・・。

今回もお父さんはお酒を飲み、愚痴っぽくなって、私にぐちぐち文句を言う。でもお父さんはお母さんに諭されてすぐ寝た。そのあと、いっぱいお母さんとおしゃべりした。あんなお父さんでも死んだら寂しいし、悲しいねと私は言った。お母さんはなんと言ったか覚えてないけど、私のこういう話をお母さんがただ聞いてくれてうれしかった。昔から、いっぱいお母さんともこういうおしゃべりしたかった。お母さんが仕事してた頃は、たぶん余裕がなかったのか叶わなかったけど、今回いっぱいいろんなことを二人でしゃべったのがうれしかった。内容は覚えてないけど、そんな時間があった、というのが胸が温かくなる感じ。じんわりくる。

翌朝、お父さんは文句を言ったことを、私に謝っていた。私は、そんなことがあったことも忘れていた、ことにビックリした。後生大事に握りしめて、お父さんに怒鳴られた、とか書いていたのに。お母さんに「お父さんなんなの」みたいに言えたのがよかったのかもしれない。私は、あっ、うん。くらいしかお父さんに言えなくて、っていうか忘れてたし。

お父さんは、洗い物しながら、友美も小さい時かわいかった、と言ってた。めっちゃ大変だったろうけど、そんな風に思ったときもあったのか。そうだったんだ。そうだったんだ。小さい慧一郎を見て、いろいろ思い出すことがあるんだろうなと思うと、慧一郎が来てくれてよかったなという感じもする。

私が慧一郎産んだこととか、仕事を二人とも定年したこととか、とにかく時間が経って、私はお父さんお母さんと、出会いなおしているかもしれない。出会いなおすっていうか、なんて言ったらいいか分からんけど、古くて新しい。また怒鳴られて、いやになって、FBに書くのかもしれないけど、そういうのも飽きるまで、お父さんお母さんとやっていく。

2025年8月17日日曜日

お気に入りのカーテンを手に入れる方法

ところで、今年のまるネコ堂芸術祭が終わった(GW前、とっくの昔にね!)。

作品として提出したカーテンは、今はうちに飾っている。窓を半分しか隠してくれないけど、これがとてもいい感じで。透け感とか、開け閉めの感じとかが、いとおしい。

思い出があることが大事だ、私には。日暮里の繊維街のトマトに布買いに行ったなあとか、店員さんが相談のってくれたなあ、とか、縫って縫ってまた縫いなおしたなあとか、針を指に刺したなあとか。まるネコで大谷さんが展示のアドバイスもくれたなあ、とか。そういうことが。

そんで、あと半分の足りない分のカーテンは、秋からニューヨークに行くことになりそうなので、もう縫わない。もし縫うとしたら、またお気に入りの布を買ってきて縫えたらとは思ったけど。違う布でもそれなりになる感じがする。気に入った布、とか自分の足で買いに行く、とかの方が大事だ。あとは、ニューヨークにも持って行って吊るせたらいいなと思う。

これからの人生、どういう風にカーテンと出会っていったらいいか、もう迷わなくて済みそう。自分にとってこうしたらお気に入りのカーテンと出会えるって、そんな道しるべができたことは大きい。


【関連過去記事】
(多分もっとあるけど、貼り付けが面倒なので2つで・・・タグとかつくりたい)
まるネコ堂芸術祭は、見るよりやるのがたのしい。

8/17 14:26 追記
まるネコ堂芸術祭のラベルをつくったので、そこを押したら過去記事も見られます。



2025年7月21日月曜日

なんとなく人に言ったことはなかった、子どものころの遊び

重力遊び

子どものころよくやった遊びに、家の壁に寝っ転がって足をつけて「これで急に重力がこっち側になっても大丈夫だ!」というのがある。でも電気が落ちて来たらどうしよう。本棚が倒れてくるな、とかいろんなことを考えて、そういうのをクリアした場所に足をつけて、これで大丈夫!とやるのだ。それだけの遊び。今まで誰にも話したことはない。


車の窓のしみ遊び

実家から40分くらいかかるばーちゃんちに行くとき、お母さんの車の中でよくやった遊びだ。まず、窓の黒いしみとかよごれとかを主人公にする。車が走ってると建物とか、海とか出てくるから、視点を移動させて、黒いしみだとかよごれとかに飛び越えさせるのだ。そのうちどうがんばってもクリアできない障害物が出てくる。そのあたりで終わる。


家に誰かが入ってくる。

震災で立て直す前の実家は、昔ながらの日本家屋で、ほぼ窓でできていた。その窓をバリンと割れば侵入し放題。そこで誰かが入ってきて、家族がひとりひとり殺されてしまったら・・・ということを夜ベッドの中でよく考えていた。自分はどう逃げるか。

まず私は、部屋の窓からパジャマで逃げる。納屋のトラクターの後ろに隠れるのはどうか?いや見つかって殺される。家のうしろの水が張った田んぼの中に潜んでいよう(なぜか季節は夏の設定)。明るくなったら見つかるからどこかに移動しなければいけない・・・ いつもその辺りまで考えて終わるのだった。これも何回考えたか分からない。


2025年7月17日木曜日

毎日会社に行ってて、これはよいなと思うこと。つらいこと。

■会社に行っててよいこと

毎日会社に行ってていいことはというと、お裾分けができる人がいることがありがたい。自分のところにある余剰なものを、もらってもらえる。今日はコリンキーのぬか漬けを、同僚と一緒にお昼で食べられたのがうれしかった。あの人ぬか漬け好きって言ってたな、喜んでくれるかなとか、考えて持っていくのはたのしい。病院の待合室とか(病院私は行かないけど想像で言ってる)、銭湯とかと機能が似ているかもしんない。いやそれ会社じゃなくてもいいよなあと思うけど、今のところそこは会社に依存している。お裾分けできる人もいるし、お金がもらえるということで会社に行っている。

■会社に行っててつらいこと

定時に行かないといけないことになっているのが、つらいな。たまには、会社の手前にあるパン屋さんで珈琲を飲んでから、とか、友だちのイベントがあるな、とか、ふらっと寄り道したいときがある。定時に行かなくても仕事的には大丈夫なことがほとんどなのに、行かなきゃいけないことになってるのはつらい。10時~15時のコアタイムにはいてください、くらいだったらまだ楽だなあと思う。

今の職場に飽きてきて、辛くなってきた。派遣先は大企業で、最初は目新しかったけど、もう大企業体験はお腹がいっぱいという感じだ。育休前と併せるとここに3年半くらいいて、ひとところに長くいるのは私向いてないんじゃないかと思う。


2025年7月12日土曜日

ニューヨーク駐在を前にぐじゃぐじゃ言う。

はやおがニューヨーク駐在の話を芸術祭を前に持ってきたときは、何?!急すぎる、仕事辞めると言わなきゃいけないじゃないかと思ったけど(1年くらいは続けるつもりもあったし)ニューヨーク行きを蹴ってまで続けたい仕事でもなかったから、頑張って辞めると言ったのだった。

ニューヨーク駐在のことを人に言うと、驚かれたり、駐在経験者がまわりにいる人には「楽しみだね!」と言われたりするのだが、なんかそんな一息で「楽しみ!」って言うのもはばかられる気持ちがあるなと思った。

せっかく慧一郎を保育園入れて平日仕事とは言え一人になれる時間があってよかったのにな、とか、育休開けて仕事を始めたばかりだったのにまた辞めるって言ってごめんとか、そういうことも少し引きずっている。

なんか、金持ちとかエリートとか思われているような気もして、もうしゃあなしで行くのよ、みたいなポーズを取っておいた方がラクなような気もしている。金持ちとか普段気にしてないと思ってたのに、少し気になるのね。おかしい。(でも、思われたら困るのかと言ったら、別に困ることはないな)


そんなん全部置いといたら、めんどうだけど、楽しみなこともある。

ニューヨークでベーグル食べるの楽しみだ。ベーグルの本場なのかよく知らんけど、私はそう思ってる。映画とかでも食べてるシーンあるし。

みおちゃんが、真面目な店のハンバーガーはうまいって言ってた。私も食べてみたい。あとはファーマーズマーケット。ニューヨークってどんな野菜があるんだろう。日本の野菜とどうちがうのかね。

ニューヨークってどんな人がいて、どんな風にしゃべるんだろう。隣人の声を聞いてみたい。ぜんぜん分かんないかもだけど、なんかそれは楽しみで英語を学び直す動機になっている。プラダを着た悪魔を英語字幕で見るのは、なんか続かなかったので、Duolingoというアプリのゲームをやってみている。

パスポートを取り直すのに有楽町の交通会館に行くのも楽しみ。沖縄のアンテナショップで、生のシークワーサーがほしいな。

ニューヨークでの家探しは、真面目にやるけど面倒だな。今の賃貸を解約して行くから、日本に帰ってきたら家なし子だけど・・・とか考えると面倒である。

2025年7月6日日曜日

1年と9カ月ぶりにはやおとデートした。

慧一郎が生まれて、1年と9カ月それが彼の年齢わけだが、その間はやおと二人きりになる時間はなかった。性生活もなくなって、下記のような感じであった。

本当にどうしようという投稿をFBにしたら、友だちが、子どもを預けてデートしたらいいと勧めてくれ、預かるよ!と言ってくれる友だちも現れたので、それではと慧一郎を預けてはやおと二人の時間を過ごしてきた。

7月5日土曜日の、13時40分から16時20分くらいまでの時間だった。

私ははやおとラブホに行くことしか考えてなかったので(炭酸水とアイスカフェラテでも買って、ここに行こうというところがあったのだ)当日の朝、はやおから「気分ではない、すまんな。それよりブラブラしたい」と言われたときは少しがっかりしたが、まあはやおも考えてくれてるのは少しうれしいような気もした。ベッドの上で、気分でないと言われてもたまらんしな。寿司でも食べにいくかと調べてくれたが、なんせ土曜日の14時ころって中途半端な時間で、寿司屋そもそも開いてない。私はホテルに行くことしか考えてなかったので、じゃ○○をしようと切り替えられず、特に何も調べなかった。

千石あたりにある、コドモカフェ・オトナバーTummyで優ちゃんに3,000円をお支払いし慧一郎を預かってもらって、はやおと二人、ぶらぶら歩く。暑いね。大塚駅に着いて、さあ何すると。猿田彦行って、本屋行って、電気屋見ようということになり、池袋まで電車で移動した。

猿田彦珈琲に行った。慧一郎が現れる前、ここで2人でよく珈琲を飲んだり、ジュンク堂で買った本を読んだりした。今日はアイスカフェラテにした。店のアイスカフェラテは、ここが一番好きかもしれないな。秋からニューヨーク駐在の話があって、その話を二人でべらべらした。二人でこんなにべらべらしゃべったのは、いつぶりだろう。

それからジュンク堂に行った。私はほしい本特にない。待ち合わせ時間に1階に下りたら、ほしい本あるかと聞いてくれてうれしかった。特にない。

電気屋に行った。キングジムから出てるポメラの実物を見たかった。今日は買わなかったけど、見て触れてよかった。まだもう少し検討したい。

大塚駅に戻って、ユニクロに行ってロフトと靴下屋を覗いて、慧一郎を迎えに行って終わった。ラブホには行けなかったけど、とてもよかった。二人でどうでもよいことをしゃべって、二人で歩いて、二人で買い物して、二人でお茶飲んで、とても満足だった。またデートの時間をつくろう。


2025年6月1日日曜日

遅刻考

まじめに「考える」ラジオの遅刻すること・されることの話を聞いて、私も遅刻の話がしたくなった。

遅刻。相手との約束した時間に遅れたら遅刻だが、私はこの相手と時間を約束する、というのがなんか苦手だなあと思う。

○○時に来てね・○○時に集合というのがなんかウっとくる。緊張もする。いいわるいの話でもないけど、ただ緊張する。


毎日の仕事は、9時~4時の時短勤務だけど、あまり9時には行けてない。だいたい9時5分とか、9時8分とかそのくらいになる。8時に家を出て慧一郎を保育園に預けて、勤務先に着くとそのくらいの時間になる。これを読んでいる人は、早く家を出なさいよと思うだろうが、なかなか腰が重い。朝早いのは苦手だ。

鈴木さん(職場での呼び名)はまあ多少遅刻するけど、ほとんど毎日元気に来るし、意外と仕事もちゃんとする、と職場の人には思ってもらえている気がする。産休前に入る前のだいたい3年、そういう風に働いたからだ。そして今も、ほとんど毎日元気に行くから、ちょっとの遅刻は許してくださいという気持ちで職場に行っている(遅刻しないで行けた日は鼻高々!)。

あとは、社員さんもだいたい5分くらい遅刻してくる人が多い気がする(私は派遣社員)。上の人がそういう感じだと、とっても気が楽だから私にはありがたい。時間に遅れたら深刻にダメな職種というか、ポジションでもないし、よかったなと思う。

遅刻して何が問題かというのも語ってみる。私はひえ~遅刻してしまったゴメンナサイ~・・・と委縮して仕事に影響を及ぼすのが、いちばん悪いと思う。多少遅刻しても、堂々ときちっと働く。まあ他人の内心は知らないが、そういう感じで働いている人が多い感じなのも、いい職場だなと思う。

でも、多少遅刻しても暗黙に許されるようになるには、やっぱり遅刻しないでコツコツ毎日定時までに行くしかない。そういう風にも思うのだった。

遅刻する、の話はこれで語れたから、遅刻される、の話もいつか語ってみたい気がする。

2025年5月22日木曜日

仕事に行っていちばん好きなのは、昼に弁当を食べること。

毎日仕事に行くのは、好きだ。弁当を持って行って食べるのが好きだ。

通勤も好きだ。本が読める。音楽が聴ける。電車がぎゅうぎゅうじゃなければ。

テレワークはほとんどしたことがないから好きかどうかわからん。でも動きたくなるから家じゃせまくて、職場でウロウロしてるのが性に合ってる感じがする。今日は、ねこ先輩の日替わり弁当を買って食べたくて、だから職場に行けてよかった。

私がいるのはでかい会社だ。私は「プロジェクト推進」という職務についている。新しく入ってきた人にPCを渡したり、打ち合わせのスケジュールを調整したり、そういう係だ。みんなの一日が回るように下で支えるような仕事で、私にとっては家事みたいなもんだ。家事もけっこう好きだから、この仕事もきらいじゃない。

仕事はお金がかからない娯楽みたいな感じだ。なんだかんだ言いつつ、毎日行くところやることがあるのがいいのだ。


仕事の中身の話をすれば、いつかは校正の仕事をしたい。私は三点リーダの点々の数を数えないと、漫画のページがめくれない子だった。6個なのか9個なのか、12個なのか15個なのか。お話がどんなに気になっても、リーダの数を指で数えないとページがめくれなかった。早く読みたいのにやきもきした。それはなんか、校正への興味とつながっている気がしている。

育休中に日本エディタースクールで校正の初級資格を取った。そのうち、もう少し難しい中級の資格も取ろうと思う。ニューヨークから帰ってから、かなあ。

2025年5月14日水曜日

ニューヨーク、誘われてない!

ニューヨーク駐在の話の続きだ。そもそも一緒に来ない?とか、ニューヨーク行こうとか、はやおから誘われていない。私は「俺はニューヨーク行きたい」というはやおに、行ったらいいと言っただけだ。会社の人は家族で行っていると言われ、なんとなく私も行くみたいな雰囲気になったが、そうだ誘われてない!

誘われていない、はやおの口からそういう言葉を聞けていない。不機嫌になった。誘われていない飲み会に、なんで私から行くとか行かないとか言わなきゃいけないんだ。なんかちがう、おかしい。そういうことをはやおに伝えたら、気が向いたら言うだって。


ふん!


9月とか10月とかから行くかもしれない。そういう感じになってきた。そうなると、しばらくお世話になろうと思って復帰した派遣の仕事もやめなきゃいけなくなる。ああ、いやだなあ。予定が変わるのは。ここでの生活も気に入っていたのに。

行こうと言ってくれさえしたら、わかった!とか、しゃあねえなあ、とか言って進めるのに。


重たい慧一郎を抱っこ紐に入れて、夕方マンションに帰宅すると、はやおがスーツ姿で走ってきた。これから会社に行く、ニューヨーク行こう!とすれ違いざまに言って、通り過ぎていった。

・・・・・・。

あいつ、バーカだね~。と慧一郎に言った。しゃあないなあほんとに。


2025年5月11日日曜日

ニューヨークに行くかもしんない。

それはまるネコ堂芸術祭のために京都に行く前夜、はやおから聞かされた。仕事でニューヨークに行く話が出ているという。4月24日の夜のこと。はやおは行きたいんだって。


え。


慧一郎せっかく保育園入れたのに?私仕事5月から復帰したのに?慧一郎予防接種打たせてないけど、アメリカってそれで大丈夫?何も言われない?ここでの暮らし気に入ってたのに?食生活どうなっちゃうの?っていうか、芸術祭に行く前にんなこと聞かすな!

といろいろ思い巡ったが、5月11日の今はまあ、行きたいとも強く思わないが、とりあえず行ってみるかという気分で細々準備を始めている。派遣先で知り合った友だちが今ニューヨーク行ってて、聞いたら味噌とか醤油もスーパーで買えるらしいし。保育園とか学校とか入るならワクチンは必須らしいが、どうせ自宅保育なので予防接種も大丈夫そうだ。そんで商店街が近場にある、ここ田端周辺の暮らしが気に入ってたが、ニューヨークでもマルシェが立つ近くにおうちを借りたらいい(ニューヨークにも商店街ってあんのか?)。

そういう不安要素を検証してつぶしていったら、まあ行ってみるかという気分になった。とりあえず、ニューヨークの郷土料理が知りたくて図書館で本を2冊借りた。まだ行くのは先の話だ。

『ニューヨークローカルクックブック』『ニューヨークレシピブック』

2025年5月6日火曜日

まるネコ堂芸術祭は、見るよりやるのがたのしい。

第5回まるネコ堂芸術祭に参加した。今回で2回目の出展になる。参加しない年でも見に行ったりしたけど、やった方がたのしい。やった方が、というのは出展者として参加した方が、という意味だ。

まるネコ堂芸術祭に参加申し込みしたら、芸術祭当日までだいたい8か月くらい、制作がある日常を過ごすことになる。去年は育休中でまあまあ時間あったけど校正の資格の勉強もしていたので、参加はかなり迷った。けど、やってみたいならやっちゃえよと、心の声に押されて申し込んだ。

結果は、やってよかった。おもしろかった。自宅のカーテンをつくって展示するというものだけど、完成できたし本当に満足。

芸術祭って私はあまりわざわざ見にでかけたりしない。それでもなんでまるネコ堂芸術祭が好きかというと、そもそも私は、まるネコ堂が好きだと思う。まるネコ堂に行くと、私の日常が変わってしまう。行く前と行ったあとでは。

高さがあり過ぎて本棚に入らない本は、横にしてしまえばいいんだな、布おむつにちょっとだけついたうんこは洗面所の排水栓を取ってから流すと栓にひっかからなくていいな、朝ごはんによくみおちゃんがつくって出してくれるパンは、電気オーブンじゃなくてフライパンで焼いてるようだ、とか。そういうのを勝手に見て持って帰る。些細だけどデカい、そういうのって。

まるネコ堂でする、生活が好みだ。カッコよく生活しているなと、なんだか毎回発見がある。私も本棚に入らない本を横にしてしまうようになった。書くとバカみたいなことだけど、なるほどと思ったの。みおちゃんや大谷さんは、こういうことでもいちいち考えてやっていると思うと、なんかすごいなと思う。生活がちょっと楽になるようなことを、工夫してやっている。かっこいい。

芸術祭は、そんなまるネコ堂に行けるきっかけになる。それに、月1回出展者同士が集まってミーティングするというのも、なんかいい。出展者それぞれにこうしてみたいということがあって、あるいはやってみたいことがまだ分からないということでも、何かしらその人の道を進んでいるということを聞けるのは、とてもいいBGMな感じがする。いいBGMを聞くと、自分の道を歩く力になる。慧一郎連れでオンラインミーティングに出るのは、正直大変ではあるけども。また次回か次々回か、芸術祭に参加できればと思っている。

2025年5月2日金曜日

さくらんぼのある家でのこと。

5月1日は育休開け、仕事復帰の日だったけど、パソコン端末の準備が間に合わないということで仕事開始が5月7日からになって、家にいる。けっこうそういうことがある感じの部署なので驚かない。給料は保証してくれるということで、ありがとうと思う。

ーーーーー

慧一郎の保育園までの道すがら、木にいっぱい赤い実がついている家がある。さくらんぼだと思う。食べたいなあと思ってこのところずっと見ていた。家の人出てきたら、ちょっとことわって食べさせてもらえんかな。

下を見たら、道路側に赤い実が落ちていた。蟻に食われてなくてきれいなのをひとつ拾って食べた。甘い!おいしいさくらんぼだった。慧一郎も食べたがったので、半分に割ってあげた。はじめてのさくらんぼ。おいしかったのか、ニコッと笑った顔がなんとも言えずかわいかった。5月1日、保育園からの帰り道でのこと。

5月2日の朝、慧一郎を朝保育園まで送っていくときも、ひとつ拾って食べた。今度はすっぱい!慧一郎はニコッともしなかったが平気な顔して食べた。歩きたがったので歩かせたけど、大人の足なら保育園まで10分かかるところ30分かかり、これは仕事始まったら歩かせられんな。

2025年4月28日月曜日

まるネコ堂芸術祭から帰ってきた。

まるネコ堂芸術祭から帰ってきた。会期はあと1日あるけど、私は自宅の東京に戻ってきて、ああ終わっちゃったな、という気分。これまでカーテンを縫ったり、会期中はみんなと作品についておしゃべりしたりしてたけど、今は何をすればいいのか、ちょっと分からない。ひとまずお茶を飲む。

4月25日(金):搬入日。東京から京都に出発!みんなで夜豚汁を食べる。

4月26日(土):芸術祭開始。夜、みんなで飲んだ。慧一郎の寝かしつけで寝落ちしてしまい、ちょっとしか参加できなかったけど。

4月27日(日):芸術祭2日目。朝ごはんのおからパンがおいしい。オリーブはクリームチーズとも合うし、卵サラダに入れてもいいんだな。この日は、まるネコ堂からはやお実家の川西に移動して一泊。赤ワインでほろ酔い。

4月28日(月):新大阪から東京に戻る。玉置のおばあちゃんから藍染の服をたくさんもらう。

こんな感じの4日間だった。なんてたのしかったろう。まるネコ堂芸術祭は、見るよりやるほうが断然たのしい!慧一郎(1歳半)も連れていけたし、よかったな。

2025年4月6日日曜日

日暮里繊維街、トマトで布を買う。

4月5日、日暮里繊維街に行ってきて、カーテン用の生地を買ってきた。いよいよ家のカーテンとしてつける、兼、芸術祭展示用の生地を買うわけで、少し緊張する。

以前縫いあげた、練習用の生地はトマトという店で買った。今回もここで買うことにした。というのも、トマトのインテリア館にめちゃくちゃ相談にのってくれる店員さんがいるからだ。布の店めぐりも興味なくはないけど、懇切丁寧に教えてくれる人がいる店で買うのが、今は安心できる。(なんせ、カーテンを縫うのは初めてなので)

縫いあげたカーテン生地を持っていって、なみ縫いよりも本返し縫いで縫った方が丈夫かとか、布の端の始末はこれでいいのかとか、いろいろ質問した。

丈夫かどうかは分かんないけど、本返し縫いの方が縫った跡が目立たないし、既製品はそのように縫われている。おもりを入れたくなることもあるかもしれないから、左右を縫うのは最後がいい。極端に縮むかもしれないから、布と芯地は1回水通しをしてから縫うといい。


この店員さんが、今日もいてくれてよかった。大して高い買い物もしないのに、いろいろ教えてくれるのが本当にありがたくて、がんばろうと思う。

トマトの本館で布を買って、またインテリア館に戻って、フックを通す芯地を買った。件の店員さんに「がんばって!」と声をかけてもらった。がんばろう。この人にがんばってと言われたら、がんばろうと思える。

2025年3月26日水曜日

カーテンを縫いあげた。

ついに、カーテンを縫いあげた。練習用として縫った短い布だから、つんつるてんどころじゃないけど。

やったぞ!世界を征服したような気持ち。カーテンは自分で縫えるんだ!なんだか少し誇らしい。

透け感もちょうどいいじゃないか。店員さんが練習用なら(これが安いよ)と勧めてくれたからこの布にしただけで、花柄は別に趣味じゃないなんて人には言ってたけど、ミモザ柄いいじゃないか。かわいい布だ。

縫うのはたのしい、こころよい時間だった。でも、何度も糸が布に詰まって、なかなか思うように縫い進められなかった。ここまで縫ったのにまた詰まったよ、ってほどかなきゃいけないのは、少しだけガックリきた。縫って、ほどいて、縫って、ほどいて、の繰り返し。

明日も晴れるみたいだから、洗濯してどれくらい縮むのか見てみよう。

2025年3月20日木曜日

カーテン、できそうでまだできない。

練習用のカーテン、早く家につるしてみたくて、やっとできた!と思ったら、カーテン芯を上下逆さまに縫いつけてたことが分かった。これじゃフックが入らない。

ていうか、カーテン芯に上下とかあったのかという驚き。フックを入れる穴が開いてる方が下で、穴が開いてない方が上。穴なんてどっち側も開いてると思ったのになあ。上下があるんだなあ。知らなかった。

縫いものは、縫うのはよいよい、ほどくのはちょっとうへえとなる。カーテン芯、頑丈に布に縫いつけた分、ほどくと布がボロボロになる気がして、あんまりほどきたくなかった。

けど、ま仕方ない。ほどいたついでに、ちょっと違う風に縫ってみようと思って縫ってみて、それじゃダメなことが縫ってから分かり、またほどいている。いちいちやってみてからじゃないと、ダメなことがわかんない。

そんで、今回のカーテンは自己流で完成させるけど、やっと読めそうな本も見つかった(というのも、カーテンづくりの本を図書館で何冊か借りたけど、ぜんぜん頭に入らなかったのだ)。大橋 利枝子さんの『手芸の本 裁縫・編み物・刺繍』。縫ったり編んだりする時間っていいものだなあ、ということが全面に押し出されたエッセイで、それでいて布の端の始末だとか、ミシンなくても本返し縫いで縫ったら大丈夫とか、どの店にどんな布が置いてあるかとか、超初心者に向けたことも書いていて、これは私にピッタリの本じゃないかと思ったのだ。まだ全部は読めてないけど、参考にして布選びもしたい。

料理が好きで、レシピ本も何冊も持っているけど、本棚に残るのは、この人の考え方好きだな・いいな、自分と似てるなと思う人の本が多い。裁縫も一緒だなと思った。

2025年3月15日土曜日

慧一郎の寝かしつけと、寝静まったあとの記録。

夜、慧一郎(1歳5カ月)を布団に寝かせると、私の方に手を伸ばしてくる。「ん!」と言いながら伸ばしてくる。

かわいいので、私も手をつないでみるのだが、振り払われる。慧一郎は私の手じゃない、おっぱいをさわりたい。さわって、つかんでいる。

おやすみ慧一郎、また明日あそぼうねと言う。だいたいすぐには寝ない。添い寝させられる。じゃあそろそろ行くねと離れようとすると「あーー!」と言われ、服をつかまれ行かせてくれない。とてもかわいいので、わざと何度かやる。

とてもかわいいが、30分もすると私も眠くなってくる。今日は久々にビールが飲みたいから寝るわけにはいかない。では行くね、と慧一郎から離れて、寝室を出て行く。慧一郎もそろそろ眠いから、泣くけど、すぐ泣き止んで寝る。ビールがおいしい。
龍馬はノンアルビールの中でいちばん好きで、夏はカクヤスで箱買いする。

2025年3月8日土曜日

せこせこ縫っている、いい時間。

芸術祭に出すカーテンを縫っている。なんもすることないなーという気分の時に、あっそうだカーテン縫うかとなるのは、なんかいい。助けになる。慧一郎がお昼寝したときか、夜眠ったときに、さあ!やるぞって気分の時もあるけど。

どちらかというと、さみしくて、たいくつな日常のおともな感じ。パソコンでFB見て、更新された漫画読みに行って、インスタ見て、さあ、何します?って時。ちょっとだけヒマな時。

縫いものがある。珈琲飲んでお菓子をつまんで、カーテン縫ったら、ちょっといい気分になる。気を取り直して、洗濯物がたためたり…いやむしろもっと縫ってたくなるから、洗濯物たたむのはめんどうだけど。

カーテンできあがるの楽しみだけど、縫うのが目的なのか、まあどっちでもいいよ。布に針は刺したまま、ゲームをセーブするノリで。また今度の楽しみ。

洗濯物をこれからたたむぞ~。めんどうだけどね。やるわ。

2025年3月7日金曜日

手縫いは長くたのしめる。

ミシンは、小学生の家庭科で何か縫ったときに針を何本も折った。それからなんとなく苦手で関わっていない。

手縫いは、縫っている時間が長い、たぶんミシンに比べて。縫っている時間が、なんか好きだから、縫える時間が長く取れるのはいい。糸ほどいたりして、また縫いなおし、ああもう早く完成させたいな。と、ヤキモキもするけど、その布と長い時間関われるのはいいことな気がする。手のかかる子ほどかわいい、ということになるのを、狙ってやっているかもしれない。

カーテンの縫い方は、知らない。物の本も図書館で借りたけど、なんか頭に入らず、その通りやってみようと思わなくてすぐ返してしまった。だから、今は自己流で「こうすればカーテンになるだろう」というやり方で、練習用として買った布を縫っている。

2025年2月26日水曜日

縫っている時間。

今、まるネコ堂芸術祭に、作品として出すためにカーテンを縫っている。

編み物は、8年前にマフラーを編んだきりで(マクラメも3年くらい前に少しやってたがノーカンにしよう)それから手芸とは縁がない生活だったけど、また縫うものができてうれしい感じだ。

縫ったり編んだりしてる時間は、なにかよい。たのしい時間。8年前に編んだマフラーも、できあがった時うれしかったけど、それから夜にもう編むものがないのが、なんとなく寂しかった。また編みたいな、でも何を?何もない、と。

これからの人生はカーテンは買うものじゃなくて、縫うものにしたので、おそらく数年後はまた引っ越しをするはずなので、また縫うものが現れる。そう思うと、未来に楽しみを置いておく感じがする。


2025年2月8日土曜日

保育園が決まった。ブルー。

2月7日(金)、保育園の当選のお知らせがあった。保育園から電話がきた。

喜ばしいが、今うれしくない。なんか状況がまた変わるのかと思うと、億劫な気持ちの方が強い。それに第一希望の保育園じゃなかったので(第六希望くらいのが通った)、帰り道に商店街を通れないのも残念だ。落ちてたらそれはそれでショックだったろうが、受かってもブルーだ。保育園の先生におめでとうございます、と言われて、ありがとうございますとは言えたけど、ショックを隠せなかった。

おめでとう、よかったじゃん!とはやおに言われたが、おめでとうの気分にならず、はあ、と言った。慧一郎が保育園通うようになってしばらくしたら、ああ行ってくれてよかったなあと思うかもしれないが、今はなんとなく憂鬱だ。仕事に復帰したくないわけではないが、4月から日常がまた変わると思うと、今は面倒だったり、そこはかとなく不安な、こわいような気持ちだ。保育園ブルー。

2025年1月21日火曜日

慧一郎1歳3か月で確認できた鳴き声のメモ

あ゙なあ゙なあ゙なあ゙な

ぷきぷきぷきぷき

あいてぃ あーいってぃ あいてぃ 
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真似すると、慧一郎も声を返してくれる。ふたりで掛け合いして遊ぶ。