お盆にいわきの実家に帰った。
帰省予定の週に、どれだけ帰省が憂鬱かFBに書いたけど、帰ったらお父さんとお母さんがいて、なんかうれしかった。お父さんとお母さんが元気で、顔を見られてうれしかった。そのことを書いておきたくて、ブログを書く。
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今回は、私と慧一郎の二人だけで帰省した。スーパーひたちがつく勿来駅にはエレベーターがない。慧一郎抱っこしてキャリーケース持って階段登るのこれ大変だと思ってたら、スーパーひたち降りたら、なんとホームにお父さんとお母さんがいた。ビックリして、とてもうれしかった。荷物も持ってもらえてありがたかった。
お父さん、私が帰ってくるからと、茨城のメヒコにピラフを買いに行ってくれていた。こういうのは、買いに行ってやったんだぞ、みたいにお父さんは言わなくて、お母さんが「あんた帰ってくるからって、(お父さんは)メヒコのピラフ買いに行ったのよ」みたいに教えてくれる。なんか、ええ~。うれしい。思い出したら、けっこう私が帰省したとき、お父さんピラフ買ってくれてた。メヒコのかにピラフって、鹿島街道の水族館メヒコで、小さいころ家族で食事した思い出の味。
みんながいるリビングの隣の部屋で、私は本を読んでいた。ドアをあけっぱなしにして。暗いから電気つけろとお父さんの声が飛んでくる。別に暗くないから、私は電気つけない。わざわざリビングからお父さんが来る。蛍光灯の電気をポチリと押して、いい加減にしろよと言って出ていく。電気いらんけど・・・私のこと気になるのは分かった。いらんけど・・・。
今回もお父さんはお酒を飲み、愚痴っぽくなって、私にぐちぐち文句を言う。でもお父さんはお母さんに諭されてすぐ寝た。そのあと、いっぱいお母さんとおしゃべりした。あんなお父さんでも死んだら寂しいし、悲しいねと私は言った。お母さんはなんと言ったか覚えてないけど、私のこういう話をお母さんがただ聞いてくれてうれしかった。昔から、いっぱいお母さんともこういうおしゃべりしたかった。お母さんが仕事してた頃は、たぶん余裕がなかったのか叶わなかったけど、今回いっぱいいろんなことを二人でしゃべったのがうれしかった。内容は覚えてないけど、そんな時間があった、というのが胸が温かくなる感じ。じんわりくる。
翌朝、お父さんは文句を言ったことを、私に謝っていた。私は、そんなことがあったことも忘れていた、ことにビックリした。後生大事に握りしめて、お父さんに怒鳴られた、とか書いていたのに。お母さんに「お父さんなんなの」みたいに言えたのがよかったのかもしれない。私は、あっ、うん。くらいしかお父さんに言えなくて、っていうか忘れてたし。
お父さんは、洗い物しながら、友美も小さい時かわいかった、と言ってた。めっちゃ大変だったろうけど、そんな風に思ったときもあったのか。そうだったんだ。そうだったんだ。小さい慧一郎を見て、いろいろ思い出すことがあるんだろうなと思うと、慧一郎が来てくれてよかったなという感じもする。
私が慧一郎産んだこととか、仕事を二人とも定年したこととか、とにかく時間が経って、私はお父さんお母さんと、出会いなおしているかもしれない。出会いなおすっていうか、なんて言ったらいいか分からんけど、古くて新しい。また怒鳴られて、いやになって、FBに書くのかもしれないけど、そういうのも飽きるまで、お父さんお母さんとやっていく。
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